八ヶ岳歩こう会例会案内 2017.11.23掲載

城跡及び館跡巡りウォークシリーズ・第2回

椿城跡及び秋山光朝館巡りウォーク

[大井信達伝説の地・悲劇の武将秋山光朝の館跡](南アルプス市上野・秋山)
第2回のウォークは、丸い櫛の形した優しい姿の櫛形山山麓の上野及び秋山集落になります。
春の季節が訪れるとスモモの花が麓一面に広がり見事です。椿城跡は、北に市之瀬川、南に堰野川によって挟まれた台地に立地しています。
赤い屋根が目立つ、本重寺の境内一帯が椿城跡になります。案内板と石碑があり本丸とされる畑の中に石塔群(大井一族の墓?)が静かに佇んでいます。城跡周辺には、椿が多いことからこの花にちなんで椿城と呼ぶようになったそうです。
秋山氏館跡は、北に秋山川・南には、塩沢川が流れ、西を峰々に囲まれた三角地帯の小高い丘の熊野神社の境内一帯なります。境内周辺には、スモモの花と競うように淡いピンクのソメイヨシノが咲き誇ります。今でも、光朝の父、遠光公を地元の人たちに、(トウミッチャン)と慕われながら呼ばれているそうです。

・開催日 2018年2月21日(水)

・コース 秋山川スモモの郷公園(トイレ) 〜 熊野神社(秋山氏館跡) 〜 甲斐源氏秋山家発祥の地の碑 〜 懸腰山 〜 広誓院(トイレ) 〜 椿城跡・本重寺(昼食・トイレ) 〜 安養院(トイレ) 〜 秋山川スモモの郷公園(トイレ)
[コースマップ][Googleマップ]
・距 離 約9KM
・集 合 10:00 秋山川スモモの郷公園駐車場(駐車場が何か所あるため、睦橋側の駐車場に駐車願います。)【地図
(住所:〒400-0423 南アルプス市落合1906)
秋山川スモモの郷公園駐車場は、近くの落合創造館アミカルの建物を目指して安全運転でお願いします。(田中、誘導します)道路(落合本線)を挟んで秋山川スモモの郷公園の駐車場になります。
・解 散 秋山川スモモの郷公園 14:30頃
・参加費 会員 300円 一般 500円
・持ち物 お弁当・飲み物・雨具・ウォーキングダイアリー・保険証・その他
・担当者 田中哲夫 木地勝男
・その他 [椿城跡](甲斐国志)によると、長清の孫・上野盛長が鎌倉時代に築いた城だと伝えられています。後代に武田信虎と争った大井信達の居城となります。信達は、西郡(にしごうり)に勢力を持った土豪で武田信虎の正室の父にあたります。信虎の正室は、大井夫人と呼ばれ信玄を産んでいます。信達は、十四歳で武田家を継いだ信虎と争った人物です。信虎の甲斐統一は、隣国である北条、今川、諏訪らの介入と大井、小山田ら甲斐の国の地方豪族の抵抗を受け、思うようにまかせなった。特に大井氏は、駿河の今井と組んで信虎に激しく抵抗しました。大井氏の城を攻めた信虎軍が大敗したと伝えられています。しかし信虎軍が勢力を盛り返し、ついに駿河勢を追い今川氏と武田氏が和睦し、大井信達は、信虎軍に下っています。武田家の滅亡とともに大井氏も絶え、椿城も表舞台から姿を消すことになりました。
城主/上野盛長 平山城(標高410Ⅿ) 南アルプス市指定史跡
[秋山光朝](あきやまみつとも)西の山深い雨鳴城で果てた秋山光朝の居館跡と呼ばれています。光朝は、父・遠光の勢力を背景に大井荘を支配したと伝えられています。光朝は、平重盛の娘を妻とし京に長く留まったため遅参して時の将軍・頼朝に不信を買いました。また木曽義仲に通じていたととも疑われた光朝は文治元年、鎌倉勢に攻められて、雨鳴城で迎え撃ちますが戦いに利なくして敗れて自刃した悲劇の武将だと伝えられています。
・参考資料 山梨の城(山日新聞、発行)