--- 第19期 7号 --- 【印刷用PDF
八ヶ岳歩こう会 会報 平成30年1月1日
 新年のご挨拶(会長・田中憲一)
新年あけましておめでとうございます。会員の皆様には希望に溢れた新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。
今年は来年の「八ヶ岳歩こう会」設立20周年に向けた区切りの一年になります。記念事業の「甲州街道ウオーク」が3月28日から始まります。下見も第4回目の西八王子から相模湖まで済んでいて、スタッフの皆様に深く感謝いたします。会員一丸となってこの記念事業を盛り上げ、成功させましょう。ご協力をよろしくお願いします。
会員数も79名で80名台まであと一歩です。会員の維持拡大が会運営の重要なテーマとなっています。友人・知人に声掛けなどで歩こう会の輪を広げていきましょう。結びになりますが、会の益々の発展と皆様のご多幸を祈念して新年の挨拶とさせていただきます。
事務局からのお知らせ
皆さん、20周年記念冊子の原稿がまだ数人しか送られておりません。締め切りを延長しますが、正月明けには出していただくと嬉しいです。よろしくお願いいたします。

【2018年1月の行事詳細】
1月10日(水) 月例会 長坂農村環境改善センター 10:00
1月15日(月) 甲州街道ウォーク下見(スタッフ限定)
1月17日(水) 城跡及び館跡巡りウォークシリーズ・第1回 金丸氏館跡巡りウォーク
武田家重臣、金丸氏の館跡・悲劇の武将土屋惣蔵の墓(南アルプス市徳永)
甲府盆地の西の端に位置します、櫛形山及び甘利山の麓には城跡及び館跡が幾件も見ることができます。道中では、城跡及び館跡には土塁に石垣・掘・曲輪・虎口等の跡が僅かに残っている位です。又、ながく手入れがされていないためか標識がないと見逃して通り過ぎて行きそうな麓にあります。シリーズにおいては、櫛形山及び甘利山の麓には城跡が存在していたのか知って頂くだけで有り難いです。
第1回は、武田家最後の忠臣、金丸氏一族の館跡巡りウォークになります。金丸氏は、代々武田家に仕える家柄で現在の長盛院の地に館を築きました。御勅使川扇状地東端の位置に立地しています。東側は釜無川が浸食した崖が南北に走っており、西側には土塁と空掘が僅かに残っている位です。近くには、最後まで武田勝頼公に忠義を尽くした土屋惣蔵の墓が静かに佇んでいます。
・コース ハッピーパーク(トイレ) ~ 七面堂・スーパーオギノ八田(トイレ) ~ 上高砂堤防松並木 ~ 道標 ~ ふるさと伝承館(昼食・トイレ) ~ 土屋惣蔵の墓 ~ 金丸氏館跡(長盛院)(トイレ) ~ 八ッピーパーク(トイレ)
・距 離 約9KM
・集 合 10:00 ハッピーパーク(駐車場)
(住所南アルプス市徳永410・TEL 055-285-2088)
・解 散 ハッピーパーク 15:00頃
・参加費 会員 300円 一般 500円
・持ち物 お弁当・飲み物・雨具・ウォーキングダイアリー・保険証・その他
・担当者 田中哲夫(090-4927-5044) 木地勝男(090-1550-7451)
・その他 【金丸氏館】築年代は、はっきりしてないそうです。金丸氏は甲斐武田氏14代武田信重の子光重を祖となるそうです。現在の南アルプス市徳永周辺を治めていた武田家の重臣と言われています。館跡は、長盛院境内一帯であったそうです。武田家が滅亡すると、金丸氏の館も兵火にかかって焼失し館の歴史に幕を閉じてしまいます。館主、金丸氏、・築年代 16世紀?・標高15M
【土屋惣蔵昌恒】金丸筑前虎義の五男として生まれました。惣蔵は成長の後、駿河の武将・土屋筑前守の養子となり土屋姓を名乗ることになります。惣蔵は、信玄公病没後、家督を継いだ勝頼公の側近となります。勝頼公が織田軍に田野の地の追われた時、勝頼公に従った武将は惣蔵をはじめ僅か数人だったと言われています。天目山で最後まで勝頼公守り抜いた惣蔵の姿は、武田家最後の忠臣として今も語り継がれています。又、片手千人斬りの伝説も残しています。惣蔵の子、土屋忠直は徳川家康公に仕えて、江戸時代には上総国久留里藩2万石の大名になっています。
(夏草や兵どもの夢のあと) 参考資料 南アルプス市教育委員会・山梨の古城

【2018年2月の行事詳細】
2月5日(月) 早春・昭和町の街巡りウォーク(中巨摩郡昭和町)
昭和町は、近年になって大型商業施設のオープンがめだち急速に都市化されつつの町ですが、少し奥まった町並みにの一部には、古い家並みの旧街道(みのぶ道)の面影がまだ残っています。今回は、古い町並みの旧街道(みのぶ道)に史跡巡りのウォーキングになります。
・コース イトーヨーカドー甲府昭和店(トイレ) → 妙源寺(石幢・町指定文化財) → 「義清社」・道標 → 旧街道・みのぶ道
楠地蔵 → 愛染明王 → 月待地蔵 → 鎌田川源氏蛍発生地 → 押原公園(昼食・トイレ) → 杉浦醫院(昭和町風土伝承館・トイレ) → 正覚寺 → イトーヨーカドー(トイレ)
・距 離 約7KM
・集 合 10:00 イトーヨーカドー駐車場・西の出入口(1階)駐車場付近に駐車願います。【地図
・解 散 イトーヨーカドー 14:00頃
・参加費 会員 300円 一般 500円
・持ち物 お弁当・飲み物・雨具・ウォーキングダイアリー・保険証・その他
・担当者 田中哲夫(090-4927-5044)
・その他 風土伝承館・杉浦醫院 地方病「日本住血吸虫病」の撲滅に尽力された医院・杉浦健造、三郎父子の功績を後世に伝えるため、当時の姿が残る診療所や自宅等を保存し、ふるさとの歴史・文化の発信拠点としています。敷地内にある??棟の建物は国登録有形文化財です。
・妙源氏 町指定文化財の石幢は昭和町最古の石造物で応永18年(1411)の銘がある六地蔵、鎌倉幕府の執権・北条時頼が国ごとに石幢一基を建てたという伝承があります。
・楠地蔵 釜無川氾濫で流されてきた流木の中に、薬効のある楠木(楠)があり疫病を避けるため、お地蔵様として祀り信仰としました。
・「義清社」道標 西条地内の河内路(みのぶ道)沿いに義清神社への道標として寛政6年(1794)の大神事の中日(22日)に設置されたものです。(町指定文化財)
・月待地蔵・愛染明王 特定の月齢の夜に集まり、月待行事を行った講中で、供養の記念に月待塔を祀りました。月待塔の本尊、愛染明王を祀った石塔もあります。
・昭和押原公園 グランドでは、VF甲府がサッカーの練習も行っています。
2月14日(水) 甲州街道ウォーク下見(スタッフ限定)
2月21日(水) 城跡及び館跡巡りウォークシリーズ・第2回
椿城跡及び秋山光朝館跡巡りウォーク
[大井信達伝説の地・悲劇の武将秋山光朝の館跡](南アルプス市上野・秋山)
第2回のウォークは、丸い櫛の形した優しい姿の櫛形山山麓の上野及び秋山集落になります。
春の季節が訪れるとスモモの花が麓一面に広がり見事です。椿城跡は、北に市之瀬川、南に堰野川によって挟まれた台地に立地しています。
赤い屋根が目立つ、本重寺の境内一帯が椿城跡になります。案内板と石碑があり本丸とされる畑の中に石塔群(大井一族の墓?)が静かに佇んでいます。城跡周辺には、椿が多いことからこの花にちなんで椿城と呼ぶようになったそうです。
秋山氏館跡は、北に秋山川・南には、塩沢川が流れ、西を峰々に囲まれた三角地帯の小高い丘の熊野神社の境内一帯なります。境内周辺には、スモモの花と競うように淡いピンクのソメイヨシノが咲き誇ります。今でも、光朝の父、遠光公を地元の人たちに、(トウミッチャン)と慕われながら呼ばれているそうです。
・コース 秋山川スモモの郷公園(トイレ) → 熊野神社(秋山氏館跡) → 甲斐源氏秋山家発祥の地の碑 → 懸腰山 → 広誓院(トイレ) → 椿城跡・本重寺(昼食・トイレ) → 安養院(トイレ) → 秋山川スモモの郷公園(トイレ)
・距 離 約9KM
・集 合 10:00 秋山川スモモの郷公園駐車場(駐車場が何か所あるため、睦橋側の駐車場に駐車願います。)【地図
・解 散 秋山川スモモの郷公園 14:30頃
・参加費 会員 300円 一般 500円
・持ち物 お弁当・飲み物・雨具・ウォーキングダイアリー・保険証・その他
・担当者 田中哲夫(090-4927-5044) 木地勝男(090-1550-7451)
・その他 [椿城跡](甲斐国志)によると、長清の孫・上野盛長が鎌倉時代に築いた城だと伝えられています。後代に武田信虎と争った大井信達の居城となります。信達は、西郡(にしごうり)に勢力を持った土豪で武田信虎の正室の父にあたります。信虎の正室は、大井夫人と呼ばれ信玄を産んでいます。信達は、十四歳で武田家を継いだ信虎と争った人物です。信虎の甲斐統一は、隣国である北条、今川、諏訪らの介入と大井、小山田ら甲斐の国の地方豪族の抵抗を受け、思うようにまかせなった。特に大井氏は、駿河の今井と組んで信虎に激しく抵抗しました。大井氏の城を攻めた信虎軍が大敗したと伝えられています。しかし信虎軍が勢力を盛り返し、ついに駿河勢を追い今川氏と武田氏が和睦し、大井信達は、信虎軍に下っています。武田家の滅亡とともに大井氏も絶え、椿城も表舞台から姿を消すことになりました。
城主/上野盛長 平山城(標高410?) 南アルプス市指定史跡
[秋山光朝](あきやまみつとも)西の山深い雨鳴城で果てた秋山光朝の居館跡と呼ばれています。光朝は、父・遠光の勢力を背景に大井荘を支配したと伝えられています。光朝は、平重盛の娘を妻とし京に長く留まったため遅参して時の将軍・頼朝に不信を買いました。また木曽義仲に通じていたととも疑われた光朝は文治元年、鎌倉勢に攻められて、雨鳴城で迎え撃ちますが戦いに利なくして敗れて自刃した悲劇の武将だと伝えられています。
・参考資料 山梨の城(山日新聞、発行)
2月26日(月) 早春の赤沢宿
2月28日(水) サンメドウズでスノーシュー 担当者:大嶋、小林(光)

【2018年3月の行事詳細】
3月7日(水) 月例会 長坂農村環境改善センター 10:00
3月8日(木) 敷島梅の里ウォーク 担当者:上岡登喜夫・篠原厚
3月14日(水) 甲州街道ウォーク下見(スタッフ限定)
3月21日(水) 城跡及び館跡巡りウォークシリーズ:第3回
須沢(すさわ)城跡巡りウォーク[高師冬終焉の城跡](南アルプス市大嵐)
第3回のウォークは、甘利山麓の南端に流れる御勅使川流域の大嵐集落周辺になります。
須沢城跡は、大嵐集落を過ぎて暫く登りきった少し開けた場所になります。北側には峰々を背負って、南側には御勅使川の左岸の急な崖が迫っている天然の要害となっています。城跡の奥まった所には、善応寺があり歴史が古く鎌倉時代中頃には既にあったとのことで、本堂の西には国宝級の宝篋印塔が静かに佇んでいます。
城跡に辿りつく途中の大嵐集落周辺一帯には、早春を告げる梅の花が咲き誇ります。
・コース 市営白根乗馬福祉公園(トイレ) → 善応寺(大嵐のビャクシン) → 須沢城跡 ? 須沢橋(御勅使川・人が渡る専用橋) → 天笑閣(昼食・トイレ) → 源堰堤(土木遺産) → 石積出二番堤(国指定史跡) → 市営白根乗馬福祉公園(トイレ)
・距 離 約10KM
・集 合 10:00 市営白根乗馬福祉公園駐車場(南アルプス市塩前)【地図
・解 散 市営白根乗馬福祉公園 15:00頃
・参加費 会員 300円 一般 500円
・持ち物 弁当・飲み物・雨具・ウォーキングダイアリー・保険証・その他
・担当者 田中哲夫(090-4927-5044) 木地勝男(090-1550-7451)
・その他 須沢城跡 いつ頃築城されたか明快な資料がないとのことです。
市の教育委員会によって土塁とも見られていた塚状の土盛りの発掘調査が行われたが、人為的な盛り土である以外、時代や機能を示唆する資料は得られていないそうです。一方においては、城跡周辺からは中世磁器が採取されているそうです。城跡の近くの善応寺には、鎌倉時代から南北朝時代とされる宝篋印塔もあり僅かながら南北時代の人々の営みを示す手がかりが得られているとのことです。
南北時代に起きた室町幕府においての権力闘争で、高師直(こうのもろなお)は鎌倉公方を擁立して、相手方の上杉安顕を攻めるが 形勢が不利となり須沢城へ落ちのびることになった。後に上杉の大軍が(約6千)に攻められて自決したと言われています。高師直は、何故須沢城に逃げてきたのか一説によると京の都に辿りつく脇街道が近くにあった為と言われています。資料によると、甲斐の国で唯一南北朝時代に登場する城であると言われています。
城主 逸見孫六入道?・山城 ・標高(180M位に位置)・市指定史跡
参考資料 山梨の城(山日新聞社発行)
3月24日(土) ※フットパス韮崎宿
3月28日(水) 甲州街道ウォーク第1回 お江戸日本橋~下高井戸宿
・コース 日本橋 ~ 桜田門 ~ 井伊家上屋敷跡 ~ 半蔵門 ~ 新宿御苑(昼食・トイレ) ~ 牛窪地蔵 ~ 笹塚跡 ~ 代田橋跡 ~ 築地本願寺和田堀廟所(トイレ) ~ 下高井戸駅(トイレ)
・距 離 約16km
・集 合 「日本橋北詰信号」近く(日本国道路原標) 10:00
(小淵沢 5:35 長坂 5:43 穴山 5:53 甲府 6:17 山梨市 6:31 大月 7:12 東京着 8:57)
・解 散 京王線・下高井戸駅 16:00頃
・参加費 会員及び他協会員 500円 一般 1,000円
・持ち物 昼食 飲み物 雨具 ウオーキングダイアリー(会員のみ)保険証
・担当者 田中憲一 重田友五郎 和田宏 田中哲夫 
・その他 担当以外の会員の方、受付及び東京駅からの案内等ご協力下さい。甲州街道ウオーク専用のダイアリー・バッチをお渡しします。
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【月例会】
 ・月例会は毎月一度の話し合いの場です。どなたも歓迎ですのでご参加下さい。
【例会参加者へ】
 ・特に表記のない例会は、雨天決行です。
 ・特別の場合を除いて事前申し込み不要です。
 ・例会は、どなたも参加できます。
 ・(下見)とある例会も本番同様進行します。ご遠慮なく参加お願いいたします。
 ・会員は会員証とウオーキング手帳を御持参下さい。(貰っていない方は事務局へ)
 ・タイトルの前に※があるのは当会主催ではありません。
  他会主催の場合の詳細はそれぞれの主催者にお問合わせ下さい
 ・例会についての質問は、担当者名が掲載されていればそこへ。それ以外は事務局へ。
  八ヶ岳歩こう会事務局 / 多賀純夫 電話 0551-32-5888 FAX 0551-32-6877