八ヶ岳歩こう会例会案内 2020.3.21掲載

春の薩埵峠越えウォーク(JR蒲原駅〜JR興津駅)

薩埵峠より、霊峰富士は頂きに雪を残した美しい姿が迫ってきます。眼下に広がる駿河湾は、春の柔らかな陽が海に眩しく輝いています。遥か遠くには、伊豆の山々の稜線が微かに浮かんで見えてきます。
この時季は、富山湾に発生する蜃気楼の情景と重なって懐かしく想い出されます。また、桜エビが由比の沖合で獲れる時季になります。なかでも、旬の桜エビのから揚げがが美味しいです。
薩埵峠は、かって道らしい道はなく旅人には、海辺の波の合間を命がけで渡る最大の難所でした。江戸時代になると、旧東海道の興津宿と由比宿の間に横たわる一里足らずの峠道で、街道時代には箱根・内津ノ谷・日坂などと共に旅人の難所と知られていました。明暦元年(1665)に朝鮮使節の一行を迎える際に幕府による峠道が整備されましたが、安政の大地震で陸地が隆起して海岸に道が通り、峠道は次第に荒廃していきました。現在は、富士山を望むハイキングコースとして整備されて人々に親しまれています。
今回の峠越えは、浜風にのって潮の香がこころよく肌に感じながら、足に優しいスローペースでのウォーキングになります。

・開催日 2020年4月29日(水)

 中止しました。
・コース JR蒲原駅前(トイレ) → 旧由比宿・本陣公園 → 玉鉾(食事・トイレ) → 薩埵峠(トイレ) → 石塔寺跡・身延山道里程碑 → JR興津駅(トイレ)
※当日、天気が雨の時は薩埵峠越えは中止しましてコース短縮します。
・昼食は、料理茶屋・玉鉾(0543-75-5357)できます。メニュー(かき揚げ丼1130円・桜エビ定食1660円・三色丼1850円)その他。
・距 離 約13km
・集 合 JR東海道、蒲原駅前 11:00
・上り小淵沢駅6:03→穴山駅6:20→甲府駅着6:40
・下り大月駅5:54→山梨市駅6:29→甲府駅着6:41
・身延線、甲府駅発7:15→富士駅着10:24 乗り換え、富士駅発10:40(東海道線⑤番線静岡駅方面行)→蒲原駅着10:49
・解 散 JR興津駅 15:30頃
・JR東海道線、興津駅発15:40(熱海方面行)→富士駅着15:59 乗り換え、JR身延線、富士駅発16:20→甲府駅19:15 急ぎの方は、特急、富士駅発16:15→甲府駅着18:03
・参加費 会員 300円 一般 500円
・持ち物 弁当・飲み物・雨具・ウォーキングダイアリー(会員のみ)・保険証・その他
・担当者 田中哲夫(090-4927-5044) 木地勝男(090-1550-7451)
・その他 ・由比宿 江戸日本橋から16番目で、天保14年(1843)には本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠屋32軒、宿内家数は160軒、人口は730人と小規模な宿場でした。旧東海道の様子が感じられる街並み残り、本陣、広重美術館など魅力的な施設も充実しています。広重は海越しの富士山の難所の峠、帆掛け船が浮かぶ駿河湾を描かれていますが、それと同じような風景が現在でも堪能できます。
・一里塚(由比新町) 慶長九年(1604)江戸幕府により、旅人の便を図るために東海道・その他街道に設けられました。一里が三十六町、一町が六十間と定められ、塚には榎や松の木が植えられました。新町のの一里塚は江戸から三十九番目です。
・由比宿枡形跡 宿場の出入り口は枡形(カギの手)に折れ曲がり、木戸が作られ万一の攻撃を防ぐなどの治安維持とともに、宿の出入り口の道標にもなっていました。ここを通り過ぎると街並みが始まり、本陣、脇本陣、問屋、旅籠、茶屋などが、置かれていました。由比宿は、東西の出入る口は、舛形に折れており現在も面影が残っています。
・せがい造りと下り縣魚(げきょ) 軒先を長く出した屋根を支えるために、平軒桁(ひらのきげた)へ腕木を付け足して出桁(だしげた)と垂木(たるき)を置いたものです。民家建築に美観を添えたもので、由比の街並みに特に多く見られます。
・下り縣魚 平軒桁の両端が雨風による腐食を防ぐための装置で、雲版型の板に若葉、花鳥などを彫り込み装飾も兼ねています。稲葉家は、この下り縣魚が施されてい
る建物です。
・川越遺跡 ここは東海道興津川(川越し)の跡です。旅人は両岸にあった川会所で(越し札)を買い、蓮台または人足の肩くるまで川を越した。越札はその日の水深によって上表のごとく値が違い蓮台越しの場合は札四枚要した。深さが四尺五寸越すと、いわゆる(川止め)となった。
・興津宿 江戸から数えて17番目の宿場町です。難所の薩埵峠えてきた旅人の休憩として、超えて行く旅人の服装を整える宿として賑わいを見せました。身延、甲府へ通じる甲州往還(身延街道)に分岐する交通の要衝であり、参拝の道としての遺跡も残しています。